2014-04-01から1ヶ月間の記事一覧
父、岩城の判官正氏の無実を訴えて、本領安堵の為に都を目指した、厨子王丸一行。遥か福島県信夫(しのぶ)郡からの旅であるが、会津街道で越後に出て船便を利用するのが、一般的な上洛ルートであったのだろう。ひと月程掛かって、直江津に辿り着いたらしい…
いけとり夜うち ⑥ 終 罪も無い秋友を讒言によって陥れた本江の左衛門師方は、一旦は栄華に栄えました。翌年の夏の頃のことです。南面の花園でくつろいで居た師方は、弦王丸が助命された事を聞いて、飛び上がって驚きました。直ぐに小二郎を呼びつけると、 「…
いけとり夜うち ⑤ 秋友を流罪にした後、内裏では、秋友の一子、弦王丸の処分について詮議がありました。国家の安泰に関わる罪であるので、斬首との宣旨があり、平の権守正道(ごんのかみまさみち)が、勅使に立つ事になりました。勅使の一行は、大勢の供を連…
いけとり夜うち ④ 矢口の四郎友定は、秋友と別れて、泣く泣く大和の国へと帰りました。御台所や若君、一門の者達が集まると、友定は、 「我がお殿様の事を、内裏に讒言した者がおり、無念にも、日向の国に流罪となりました。」 と、形見の文を手渡すのでし…
いけとり夜うち ③ 本江の左衛門師方は、偽の名乗りをして、別当定吉を滅ぼした後、讒言をするために上洛したのでした。師方は参内すると、こんなでたらめな奏聞をするのでした。 「大和の守護、守屋の判官秋友は、驕り高ぶって、自ら王と名乗り、近隣の四カ…
いけとり夜うち ② こうして、守屋の判官秋友は、大和の国で、栄華を極めていたのでした。その話はひと先ず置き、河内の国の高岡の庄(愛知県碧海郡高岡町:現豊田市)には、本江の左衛門師方という悪者の弓取りが居ました。この師方という者も、この地方を…
古浄瑠璃正本集第1(9)には、藤原吉次(ふじわらのよしつぐ)という太夫が登場する。1600年代の初頭に京都で活躍し、河内介、若狭掾を受領したというから、人気の太夫であったようだ。この正本には、「キリ」という節が入っているのが特徴的である。…
今年もAMJに参加させていただきました。新潟の春の恒例行事になりそうですね。猿八座は、ご案内の通り、「小栗判官」照手車曳きの段を演じました。説経や浄瑠璃では、道行きという演出法が頻繁に行われますが、その多くは、掛詞を多用しての名所旧跡の羅列に…
こ大ぶ下巻 6段目 (3) 終 そうして、小太夫は、安綱との計画の通り、源蔵のお気に入りになるように、日々努力したのでした。やがて、源蔵の信頼を勝ち取った小太夫は、とうとう牢屋の鍵を預かることに成功しました。小太夫は、これは天の導きだと喜んで…
こ大ぶ下巻 5段目 (2) 碓氷峠に御台所と若君達を残して、安綱は下野の国に潜入しました。先ず、どうにかして、甘楽太夫が捕らえられている牢に近付いて、様子を探ろうと思案をしました。 『そうだ、乞食の姿に化けて、牢の様子を探ることにしよう。』 と…
古浄瑠璃正本集第1(7)は、「やしま」である。(寛永16年:1639年板)女太夫である六字南無右衛門の唯一の正本である点で面白いが、「屋島」又は「八島」と言いながら、ようやく義経が奥州から出兵したと思ったら、三河矢作の宿まで来て、「浄瑠璃…