2013-07-01から1ヶ月間の記事一覧
中将姫⑥終 宝亀六年四月十三日(775年)のことでした。善尼比丘尼の法談があるということで、 近国の人々が、我も我もと当麻寺に集まって来ました。貴賤の群集夥しい中で、善尼比丘尼は、 「さあ、聴衆の皆様。私は、生年二十九歳。明日十四日には、大往…
中将姫⑤ さて、中将姫が雲雀山から都にお帰りになられて、暫くした頃のことです。姫君は十六歳 になられました。そして、后の位に就く話が再び持ち上がったのでした。しかし、姫君は、 「例え私が十全万葉の位に就いたとしても、無間八難の底に沈むことから…
中将姫④ 危うく命拾いをした中将姫は、物憂い山住まいの毎日を過ごしていました。その上、頼み の綱の経春が討ち死にしたとの知らせもあり、心の内のやるかたない風情も哀れです。そん な中でも、中井の三郎と経春の女房は、姫君をお守りして、落ち穂を拾い…
中将姫③ さて、父の大臣豊成は、家来の侍を集めて、こう言いました。 「姫の処分を、経春に命じたが、その後、何の報告も無い。急いで、経春の所へ行き子細を 尋ねて参れ。」 侍達が、経春の所へ行き、事の子細を問うと、経春は、 「これはこれは、直ぐにで…
中将姫② 八郎経春は、何とかして姫君を助けようと思いましたが、検使の役が付いてしまったので、 思う様に姫を匿うこともできませんでした。とうとう観念した経春は、 『もう、逃げようが無い。この上は、姫君のお首をいただいて、豊成に見せたなら、遁世し …
「中将姫」は、説経正本集第3の(45)に収められている。巻末の(46)は既に読ん だ百合若大臣(27)の八太夫版であるので、この外題が、古説経正本シリーズの最後の物 語ということになる。丁度25番で切りが良い。 佐渡猿八の鳥越文庫に入って直ぐ…
こあつもり⑥ 終 労しいことに、法道丸は、二つの形見を首に掛けて、涙と共に都へと戻りました。御室の 御所に戻った法道丸は、母上に事の初め終わりを話しまして、形見の品を見せるのでした。 驚いた母上は、涙ながらに口説くのでした。 「これは、夢か誠か…
こあつもり⑤ 母と会うことができた若君でしたが、父のことが忘れ難く、御室の御所に来ても、涙なが らに暮らしたのでした。ある時、若君は、母に、 「母上様。聞く所によると、賀茂神社の霊験は新たかということです。賀茂神社に祈誓を掛 けて、夢であっても…
こあつもり④ そうして、七年の月日が流れたのでした。七歳になった若君は、一字を二字と悟り、寺 一番の学者となり、肩を並べる稚児は外にはありませんでした。しかし、ある時、南面へ出 て、花を眺めていた若君は、古巣で卵を暖める鶯をご覧になって、法然…
こあつもり③ その頃、敦盛の御台様は、御室の御所(仁和寺)におりましたが、夫の敦盛が西国において、 討たれたと聞いて、天に憧れ、地に伏して、悶え焦がれて、悲しみに沈んでおりました。 涙ながらに、口説く有様は、労しい限りです。 「私も、夫と一緒に…
こあつもり② 無冠の大夫敦盛を討った熊谷直実は、東山黒谷の法然上人を師匠と頼み、出家をなされました。 その名を、蓮生坊と申します。蓮生は、敦盛のお骨を、高野山に埋葬するため、法然上人に 暇乞いをすると、黒谷から旅立って行ったのでした。その心掛…
御伽草子や浄瑠璃等、様々なジャンルで取り扱われた人気の題材である。説経独自の物語 とは言えないだろうが、かなり古い年代から古説経に取り上げられていたことは、間違い無い。説経正本集第3(44)に収録された本正本は、所属も刊期も不明で有る。 こ…
平成25年7月7日(日)七夕。新潟は時折、集中豪雨の一日。梅雨明けしたという関東平野とは別世界でした。それは、さて置き、真明座の平均年齢が若返り、座長の川野名さんの操りまで若々しくなった今年の舞台は、沈滞ムードの文弥人形に新風を吹き込んだ…
住吉津守寺薬師の由来 ⑥終 それから、緑の前は、形部夫婦、乳母忍達を共として、都を目指しました。姫君の一向が、 漸く、母方の祖父、二条の大臣の館に着いた頃、父の道高も蝦夷征伐を終えて、無事に帰国 してきました。二条の大臣の館に目出度く一同が再会…
住吉津守寺薬師の由来 ⑤ さて、良薬口に苦く、忠言に耳が逆らうというのは、まったく、河瀬形部正行の身の上 のことです。主君の勘気を蒙って、和泉国を追放されてから、縁あって、渚の里(不明)に 庵を結んで、親子三人で暮らしておりましたが、それはもう…
住吉津守寺薬師の由来 ④ さて、長尾の玄蕃定春は、緑の前様を守護して、自分の館へと戻って来ましたが、突然の 事態に、互いに目と目を見合わせて、泣くより外にしようがありません。玄蕃定春は、 「河瀬形部は、君の御勘気により追放され、行方も知らず。我…
住吉津守寺薬師の由来 ③ さて、和泉の国にいらっしゃいます緑の前は、 「一体どのような前世の因縁なのでしょうか。母上様には先立たれ、父上様だけを只一人、 頼りにしてきたのに、都へ行ったままお帰りになりません。それどころか、辛い宣旨が下り、 蝦夷…
住吉津守寺薬師の由来 ② 道高は、館に戻ると、別殿に薬師如来を安置して祀りました。ある時、道高は、 「私は、和泉河内両国の主として、なんの不足も無い。ましてや、龍宮より、薬師如来を いただいたので、益々の家の繁盛は、間違いが無い。」 と言いまし…